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人間関係への不安?

 二〇〇五年 九月十五日。

 ロールシャッハに人間関係に不安を持っているというような結果が出たようで、人間関係についていろいろ聞かれた。

 人間関係に対する不安といっても、ピンと来ない。

 中学を出てから二十年近くほとんど家と病院でしか人と関わった事のない私は人間関係でトラブルを経験した事もなく、人間関係に対する不安をリアルにイメージする事が出来なくて、何を聞かれてもよく分からないというような答えを繰り返すばかりだった。

 カウンセリングを終えて建物の外に出ると、疲れている自分に気づいた。どうもカウンセリングでいろいろ聞かれると疲れるようだ。そして、疲労を感じると同時に身体感覚に対して、こんな感じで好かったんだっけという強迫的な不安を感じて、周囲を見回すような動作を意味もなく繰り返した。


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ロールシャッハ

 二〇〇五年 八月十八日。

 病院のカウンセリングでロールシャッハテストを受けた。

 インクのしみは左右対称でイメージできるものが限られて、難しかった。

 カウンセリングを受けている事に意味があるのか疑問を感じつつ、でも有名なロールシャッハテストを受けられただけでも好いかとも思った。


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現状への不満

 二〇〇五年 八月二日。

 カウンセリングを受ける事にした。
 カウンセラーは大学出たてという感じの若い女性で、話が噛み合うか不安を感じた。以前のカウンセラーとは全く話が噛み合わず、何回か通ううちお互い何を話したら好い分からないという感じになってしまって、通わなくなってしまった。
 彼女は認知療法を用いるという。現実に対して不適応を起こしている認知を意識化して、適応的な認知に変えていくというものだ。面白いと思った。
 強迫的思考が自分の行動の足を引っ張っているのではないかと話した。そうしたら、どういうときに強迫的思考が生じて、そのときどう感じたか考えてくるように言われた。

 家に帰る間考えていた。
 強迫的思考は特定の場面、特定のきっかけで生じるというより、何か行動を起こす毎に生じて常に頭のどこかに引っ掛かり続ける。出掛けていて鞄から何か取り出すと、何か落としやしなかったかと、しつこく足許を眺めたり、振り返ってまた確かめたりする。文章を読めば、どこか読み落としたところはないかと、何度も読み返したくなる。特定の思考が問題というより、強迫的傾向が問題という感じだ。
 おそらく、現状に対する不満や不安が、これで好いのか、これで好いのか、という感覚を生じさせていて、それが強迫的思考に変わるのだろう。証拠に、家族にこれからどうするつもりかというような事を言われて苛立ったり、何も出来ないうちに日が暮れて憂鬱になったりすると、強迫的傾向が強くなる。
 現状に不満があるのならそれを変えるために、不満や不安に精神エネルギーを浪費していないで、具体的な現実の対象にいかに効率的にエネルギーを供給するかが課題だろう。

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