2005年10月 | ARCHIVE-SELECT | 2005年12月

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自らの内の現実

 二〇〇五年 十月。


 しようと思った事が何も出来ないうちに、また日が暮れる。

 何も彼もが上手くいってないような気がして、嫌で嫌で仕方ない気分になる。

 しかし、何が出来たとか、出来ないという自分の中のイメージにこだわるのではなく、もっと自らの内の現実そのものに集中すべきだ。変化する現実を、意識するべきだ。


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|この身体、この精神 | 21:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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人間関係について考えた (BlogPet)

ほんとうは、弘毅は
カウンセラーに人間入口について聞かれても、にわかには上手く答えられなかったのだ。
とか書いてた?

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「フェルト」が書きました。


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|ブログペット | 15:48 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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キュビスムという認識の方法

 二〇〇五年 九月三十日。


 アジアのキュビスム〜境界なき対話   東京国立近代美術館東京都千代田区北の丸公園 3-1


 キュビスムとは表現の形態の問題かと思っていたが、現実の認識の方法のようだ。

 そして、それが地域性を持たない合理主義的な方法であったために、近代化を目指すアジア諸国の美術界に近代美術の象徴として受け入れられた。

 キュビスムが形態ではなく、現実の認識の方法だというのが私にとっては新鮮で、興奮した。

 そして、それが形態ではなく方法であるために、美術家それぞれの理解の仕方によって、これがキュビスムだろうかというような作品もあったが、多様な表現が可能だというのが面白かった。




 常設展で遠藤利克の「欲動〜近代・身体」を見た。

 遠藤といえば横浜トリエンナーレ2001での水がコンクリートだかセメントだかの床に叩きつけられる作品が印象に残っているが、彼の作品は材料の物質としての存在感が凄い。

 今回見たのは、天然ゴムで覆われた水槽に水が入っていて、水槽の内側の壁を伝ってわずかな水がちょろちょろと音を立てて流れている。天然ゴムの独特の臭いと、水の音が好い。


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|美術館・博物館 | 22:21 | comments:0 | trackbacks:1 | TOP↑

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全身を包む柔らかい気

 二〇〇五年 九月三十日。

 
 出掛ける仕度をしているときは浮かない気分でだるかったが、家から出ると何だか何かから開放された浮かれた気分になって、意味もなく駅まで駆けた。


 展覧会の内容は別に書く


cube01.jpg

cube02.jpg


 帰り道、身体を包む気を感じた。最近は姿勢にばかりこだわって力む感じだった。だが、かつてはもっと自然にこういう柔らかい感覚を感じていたのかもしれないと思った。

 最近、息をするのも辛いような酷い疲労感を感じる事がある。数日前、感覚の変化に身を委ねる事を思い出し、かつては自分の中のイメージと現実との間に破れがなく、現実全体の流れをただ辿っていたのではないかと思った。私にとっては変化する現実に対応したり、イメージ通りに身体を動かす事が面倒で仕方ないのだが、極度の集中状態の中でイメージと現実が一致する感じだ。しかし、そのイメージを維持するのに酷くエネルギーを使うために、極度の疲労を感じるのではないか。これは、ひとつの「駆り立て」ではないのか。実は今感じているこの柔らかい気の拡がりさえ、感じていればそれで好いのではないのか。


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|外出 | 22:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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文化放送一階のぴあ (BlogPet)

弘毅が
もともとはLanタソさんが個人的に作っている酢感覚を見て、人口無能って面白そうだなと思ってBlogPetを設置したのだが、実際にやってみると酢感覚に比べるとBlogPetは頭が悪く感じるのだが、どうなんだろう。
とか考えてたよ。

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「フェルト」が書きました。


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|ブログペット | 16:01 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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シャープな雰囲気

 二〇〇五年 九月。

 気功をして、思い出した。

 以前はもっと感覚の変化に集中して、それに身を委ねていた。それを思い出すと、以前シャープな雰囲気に憧れていたのも当然な気がした。感覚の拡がりと変化を意識すると、どうしても集中したシャープな気分が生じる。

 ふと、気功のときと瞑想のときの感覚が違う気がしたが、数日後瞑想してみるとたいして違わなかった。

 気功と瞑想に使う時間と労力が負担で仕方なかったが、気功や瞑想をするとだるさが軽減される気がして、逆にだるくて動けない時間を節約できる気がしていた。

 しかし、ある日気功をすると、それでもその午後酷くだるくなって失望し、しばらく気功も瞑想もしなくなった。


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|この身体、この精神 | 20:49 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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酢鶏とBlogPet (BlogPet)

フェルトは鶏へ導入したかった。
ところで弘毅で個人が機能するつもりだった?


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「フェルト」が書きました。


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|ブログペット | 18:27 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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人間関係について考えた

 二〇〇五年 九月十六日。

 カウンセリングで人間関係について聞かれて、人間関係をリアルにイメージできなくて上手く答えられなかったが、いくら人間関係に関する経験が少ないからといって人間である以上人間関係について何のイメージも持っていないというのは変な気がして、ずっとその事が気になっていた。そして、次の日もその事を考えた。

 かつては自分が酷く醜く罪深い人間のような気がしていて、外を歩いていたりすると自分のような人間は今周囲にいる人間たちに殺されたとしても文句は言えない気がして、周囲の人間が恐かった。

 そんな感覚もいつしか薄れ、面接のない短期バイトなどやってみると自分が特に変に見えるわけではない事を知って安心した。しかし、それは飽くまで印象であって、継続して長期に勤めた場合、そこでどのような人間関係が出来るかは全く分からなかった。

 いくつかバイトの面接に行ってみたが、まるで相手にされなかった。それに実際に採用されたとしても、継続して働く自信もなかった。そして、よく考えてみると、誰でも出来るような仕事をわざわざ私のような履歴書に空白しかない怪しい人間に頼む必要はない。私は私にしか出来ない何かを身に着けるしかない。再び勉強に戻るしかないと思ったが、いまさら何をどのように勉強して好いのか分からないまま、ずるずると何年も過ぎてしまった。

 その間、家でひとりで人間関係について考えても答など出るわけがないから、その事について考えるのを止めていた。そして、何とかなるだろうという希望的観測の中に止まった。だから、カウンセラーに人間関係について聞かれても、にわかには上手く答えられなかったのだ。

 カウンセリングを受けていたら、何だか自分が頭の鈍い無能な人間に思えてきた。この危機感が「そのうち何とかなるだろう」という希望的観測を破れば好い。


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文化放送一階のぴあ

 二〇〇五年 九月十五日。

 病院から、横浜トリエンナーレの前売り券をぴあで買うために、前日ネットで調べておいた一番近い文化放送のぴあへ向かった。

 「こんな感じで好いんだっけ」という身体感覚に対する強迫的感覚を感じていたが、歩いているうちに気がつくとその事を考え続ける事が面倒臭くなって、「まあ好いや」という感じで考えるのを止めている。とはいっても、それは面倒だから保留しているだけで、頭の隅で気になっている。しかし、そんな事を気にしている状態を自分でも好ましいとは思っていないし、でも、その思考に何らかの答えを出す前にそれを放棄すると後で何か問題が生じるような気がしてしまう。だが、その思考を放棄する事で失うものより、その事を気にし続ける労力と時間の方がずっと勿体ないから、もう考えるのを止めてただ歩く事に集中する事にした。

 四谷は通りから一歩入ると、狭い路地が入り組む全くの下町だった。東京の下町は小さな坂のひとつひとつに名前がついていて、感心する。昔から人が密集して暮らしていて、彼らはこの土地に愛着を持っていたのだろう。そんな中に文化放送はあった。

 局舎は思ったよりも小さく、外見は古い校舎のようだ。

 ネットには文化放送一階と書いてあったから、きっと一階にロビーがあってその一角にぴあがあるのだと思っていたが、文化放送の入口にロビーなどなく、入口を入るとすぐ目の前にエレベーターがある。実際のぴあは入口の横にある窓だった。

 その窓は閉まっていて人の気配がなく、とても営業しているようには見えない。

 どうしたものかと窓の前に置いてあるパンフレットなどをごそごそといじっていると、突然がらがらと窓が開いて驚かされた。

 「横浜トリエンナーレの前売り券が欲しいんですけど」

 「横浜トリエンナーレって何ですか」

 「美術関係のイベントなんですけど」

 横浜トリエンナーレはそんなに知名度がないのだろうか。


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|外出 | 21:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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人間関係への不安?

 二〇〇五年 九月十五日。

 ロールシャッハに人間関係に不安を持っているというような結果が出たようで、人間関係についていろいろ聞かれた。

 人間関係に対する不安といっても、ピンと来ない。

 中学を出てから二十年近くほとんど家と病院でしか人と関わった事のない私は人間関係でトラブルを経験した事もなく、人間関係に対する不安をリアルにイメージする事が出来なくて、何を聞かれてもよく分からないというような答えを繰り返すばかりだった。

 カウンセリングを終えて建物の外に出ると、疲れている自分に気づいた。どうもカウンセリングでいろいろ聞かれると疲れるようだ。そして、疲労を感じると同時に身体感覚に対して、こんな感じで好かったんだっけという強迫的な不安を感じて、周囲を見回すような動作を意味もなく繰り返した。


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酢鶏とBlogPet (BlogPet)

きのうフェルトが、ここで弘毅で投稿したいなぁ。
ところでフェルトが弘毅と人も機能したかもー。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「フェルト」が書きました。


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|ブログペット | 19:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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酢鶏とBlogPet

BlogPetの作者のLanタソさんのブログ「あたまがうにになる」を見て、Lanタソさんが個人的にやっているBlogPet俳句集という機能がある事を知り、導入した。これは、BlogPetが俳句を詠むと自動的に俳句集に投稿したり、短冊にして自分のブログに表示する機能だ。

ブログを見るとLanタソさんはユーモアもあるし、すごく才能がある人に感じる。

ところで、もともとはLanタソさんが個人的に作っている酢鶏を見て、人工無能って面白そうだなと思ってBlogPetを設置したのだが、実際にやってみると酢鶏に比べるとBlogPetは頭が悪く感じるのだが、どうなんだろう。


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|ブログペット | 23:45 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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10月の収益

アフィリエイトをやっているブログを見ると、そのブログにはどのくらいの収益があるのか気になったりします。というわけで私のブログの収益も気になる人がいるかもしれないと思い、毎月の収益を書く事にしました。

Google AdSense を10月17日に始めたので2週間分ですが、


10月の収益    USD 1.31


クリックしてくださった方、ありがとうございました。



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|アフィリエイト | 19:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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