2005年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2006年01月

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風邪を引いた (BlogPet)

弘毅が
教室でそれぞれの学科なり、サークルなりが展示を行っているのだが、どの教室も見学者がなく、担当の無機質が数人座っているだけで、どうも中に入り辛い雰囲気だ。
とか書いてた?

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|ブログペット | 18:25 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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風邪を引いた

ここ2週間ほど、ずっと風邪を引いていて、
なかなか更新できませんでした。
38度から39度の熱が、何日も続きました。
熱は下がったのですが、
体力を使ってしまったのか、身体の芯から疲れ果てた感じで、
何だか寂しさに似た気分を感じます。


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刻みつけていくしかない (BlogPet)

きのうフェルトが、主人公を移入するつもりだった?
だがきのう、ここへひとつひとつっぽい移入♪


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|ブログペット | 19:00 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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「観念の形」

 二〇〇五年 十一月七日。


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 「杉本博司   時間の終わり」展      森美術館

 ただ海と空だけから構成される「海景」シリーズは何度か見た事があったが、ひとつひとつの作品の見分けがつかなくて意味が分からなかった。でも、説明パネルに原始の人類が見たのと同じ風景を我々は見る事が出来るかと考え、世界中の海を撮るようになったのだと書いてあるのを見て、やっと意味が分かった。

 三次関数のグラフを立体化した模型を撮影した「観念の形」や、博物館で見た書割の前の動物の剥製はいかにも偽物っぽかったが、片目をつぶって見ると本物のように見え、そのようにカメラのようにものを見る方法を見つけた作者が、カメラを通すと全てが現実となるいう事で製作した「ジオラマ」シリーズ。宮廷の肖像画家が描いた肖像画を元に作られた蝋人形をさらに写真に撮った「ポートレート」シリーズ。これには、肖像画を元に作った蝋人形というのは貴族たちにとっての理想の姿であり、その蝋人形を写した写真が、生身の人間を写した写真より生き生きとして見えるとしたら、生とは何だろうという問いがあるらしい。というように杉本の写真にはコンセプチュアルな雰囲気がある。

 「アジアのキュビスム」展でも思ったのだが、芸術というのがその人の世界の見え方を表現する行為だとすると、全ての芸術は広い意味ではコンセプチュアルなものにならざるを得ないのだと思った。



 レオナルド・ダ・ヴィンチ展    森アーツセンターギャラリー

 ダ・ヴィンチの研究と思索が、ノートに細々と書かれている。ダ・ヴィンチについてよく知らない私は、彼の研究熱心さは分かるが、どこから収入を得ていたのか訝った。年表を見ると彼は絵画などを制作する職人だったようだ。会場の説明によると、彼は飽くまで画家であり、彼の自然探求も新たな絵画表現を開拓するためだったという。当時の芸術や科学の体系がどのようなものだったかまるで知らないから、彼が本当のところはどんな人間で、何を考えていたのかは私にはまるで分からなかった。

 レスター手稿にしても、これは眺めて楽しむものなのだろうか。内容の理解できない私には、ただの紙切れでしかなかった。ページのデザインという事では、ぎっしりと細かい文字と図が書き込まれたレスター手稿よりも、他の手稿の方が描かれている図も美しくて好いと感じた。

 彼の思考も表現も無機質で、展示からは天才としての強烈な個性や情熱は感じられなかった。それとも、彼の本心はその精緻な思考と表現の背後に隠されているのか。或いは、個性を重視する近代とは天才の在り方が違うのか。

 まあ、何にしても、杉本博司展でも感じたように、学問も芸術も結局はその人の世界観を表現する行為なのだとは思った。

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|美術館・博物館 | 20:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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学生たち

 二〇〇五年 十一月四日。


 外に出ると疲労で思考が鈍り、周囲の空間と自分の身体に現実感がなく、その自分の頭の中のイメージでしかないかのようなぼんやりとした空間の中を、ただ呼吸をして、身体を引き摺って移動しているような、ずっと以前の状態に戻ったようだった。しばらく瞑想や気功をサボっていて、感覚が鈍っているのだ。



 病院で、ソーシャルワーカーと話した。人と話すとき、いつも、自分について何をどこまで話して好いのか分からなくて、戸惑う。



 病院から出ると、四時少し前だった。

 ネットで早稲田大学の理工学部で理工展というものをやっているのを知ったのだが、今から行っても十分に見る時間はあるだろうか。仮に時間がなくても、散歩のつもりで行けば好いと考えて、理工学部のキャンパスに向かった。

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 途中でノスタルジックな雰囲気を漂わせている大きな団地の横を通った。棟と棟の狭い空間に小さな公園があったり、巨大な棟の一階部分が商店になっていたりする。小さな広場で老人たちが談笑している。
 
 その雰囲気を上手く表現できるか自信がなかったし、他人の生活の場にカメラを向ける事が憚られて、どうしても写真を撮る事が出来なかった。



 明治通り側からキャンパスに入り、アトリウムを抜けて、中庭のような場所に出た。

 いかにも内輪のイベントという感じで、全然盛り上がっていない。教室でそれぞれの学科なり、サークルなりが展示を行っているのだが、どの教室も見学者がなく、担当の学生が数人座っているだけで、どうも中に入り辛い雰囲気だ。

 芸術学校がアートっぽい展示を行っている一角があり、それらの教室のひとつに入ってみた。

 五つのスクリーンに短いカットを繋ぎ合わせたどこかで見たような東京の映像が、プロジェクターによって映し出されている。五つの映像とも森タワーからの展望で終わっている。よくある形式の作品だが、東京の街の雰囲気が何となく嗅げて、面白かった。

 席を立ち教室から出ようとすると、担当の学生に感想を聞かれた。にわかに何と答えて好いか分からず戸惑い、

 「この作品の意味は?」

 と、とりあえず聞いてみた。

 五人の学生がビデオカメラを手に同時に新宿を出発し、好きな場所を好きなように撮影しながら、最後に森タワーに集まった。それを編集したものがこれだそうだ。それぞれが好き勝手に撮った映像を並べて、そこに意図しない意味が生まれないかと考えたという。

 東京の街の雰囲気が好く出ていて面白かったというような事を言って、その場を後にした。突然話しかけられて、変な汗をかいた。


 もう一度アトリウムに戻って、建築展の展示を見た。

 デジタル技術によって我々は、解像度という尺度を得た。リアル、ネットの境界を越えて我々は全ての記録を、解像度というひとつの尺度を通して見る事が出来る。

 というような説明が書かれていた。面白いといえば面白い視点だが、何だかどこかで聞いたようなアイデアだ。というより、デジタル技術というのは、そもそも全ての情報を数値化して同じ方法で扱うための技術だ。それをヒントにしたアイデアだろう。だが、展示してある要素が、ちっとも統一された連続したものに見えてこなかった。文字と映像ではどちらが解像度が高く、どちらが低いのか。web上で展開される建築展とこの展示ではどちらが解像度が高く、どちらが低いのか。


 全体として、ここは物理や化学の基礎研究よりも、工学系が中心なのかと思った。中が吹き抜けになっていて、一階部分に工作機械が並んでいる建物があったり、研究棟の低層の外壁に細かい配管や空調装置がごてごてと張り付けられていて、まるで何かの工場のようだった。


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|美術館・博物館 | 01:45 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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光と影を撮るのが好きだ





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山下公園のカモメ (BlogPet)

今日広いこうさぎなどをBLOGするかをBLOGしないの
弘毅は、広いこうさぎなど逃げない
弘毅は、ネットでこうさぎをBLOGされたみたい…
弘毅が、こうさぎなど近づいてもなかなか逃げない
弘毅たちが、広いこうさぎと、こうさぎなど逃げない
フェルトが、ネットで広いこうさぎとこうさぎとか近づいても


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|ブログペット | 19:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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夏の意欲、冬の意欲

 二〇〇五年 十一月。


 脳を活性化しようとコーヒーを飲んで、日記を書いた。

 いつもは文章を書くのが辛くて仕方ないのだが、何の抵抗もなく、すらすらと書けた。あまりの手応えのなさに、違和感を感じた。それとも私の中の欲求不満が意味もなく物事を複雑なものにし、逆にそれに対する抵抗と苦痛に手応えを求めていただけなのか。

 だとしたら、この状態が普通なのであり、この状態に慣れればこれから全てがあっさりと上手くいくのだろうか。


 何日間か続けて、ブログを更新した。いつもはネットで文章を読むのが辛くて仕方ないのだが、書く事に比べたら読む事はたいした苦労ではない気がした。何だか、身体の中に充実感を感じた。この感覚さえあれば何でも出来るのではないか。積極的な挑戦によって、意欲は増すのではないか。



 夏の間はぎらぎら輝く太陽に前へ前へと駆り立てられる感じだったが、夏が終わると物憂い気分になって意欲が低下した。だが、よく考えてみると夏の本当に暑いのは一年の内の二、三ヶ月の事で、一年のそれ以外の時期はずっと具合が悪いのかといえば、そうでもない。夏には夏の意欲があり、冬には冬の意欲がある。それだけの事だ。冬には、夏とはまた違う、引き締まった感覚があるような気がする。

 季節の変わり目を越え、普通の状態に戻り、これからは積極的な行動によって意欲は増し、時間とエネルギーを持て余すほどになるのではないかと思ったが、実際にはそうはならなかった。


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|この身体、この精神 | 01:32 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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刻みつけていくしかない

 二〇〇五年 十月。


 ヒーローもののアニメを眺めていたら、主人公に感情移入してしまって、自分は強いんだ、出来ない事なんてないんだという気がしてきた。

 だが、そんな単なるイメージや気分に浸っていても仕方ない。イメージを現実にしようという自らの意志を、ひとつひとつ自らの身体に刻みつけていくしかない。


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|この身体、この精神 | 00:25 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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山下公園のカモメ

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人に慣れているのか、近づいてもなかなか逃げない。


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|外出 | 01:18 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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身体に馴染む気

 二〇〇五年 十月。


 散歩していると、もやもやとした気を感じた。そのとき求めていた身体感覚にその気感が馴染まない気がして、どうしたものかと戸惑った。

 数日前に思い出した、以前この感覚さえあれば全てが上手くいくと感じていた、身体の芯に力を込める感じってどんなだったかなど、ああでもない、こうでもないと考えた。

 しかし、気というのは自分の身体の内部の感覚だけにこだわって周囲が見えなくなる事ではなくて、気はこの世界全体を覆っているのだから、むしろ気を感じる事で周囲の空間をよりはっきりと感じる事が出来るはずだ。その事を思い出し、身体の内部の感覚にこだわるのを止めて、周囲の空間に意識を張った。

 空間の拡がりの中にいる自分を意識していると、身体感覚から分離してもやもやと漂っていた気はやがて肉体に織り込まれ、身体に馴染んできた。どんなに気感を拡大しても、のぼせた感じにならずに、逆に周囲の空間と自らの身体に現実感が増す感じだ。


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|この身体、この精神 | 19:56 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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11月の収益

先月のGoogle AdSenseの収益


11月の収益    3.58 米ドル


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