2006年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2006年11月

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心理検査

病院でいくつか心理検査をやって、昨日その結果の説明を聞いた。
知識を蓄積して全体像を捉えた上で計画を立ててそれを実行していくのは得意だが、
取り敢えず目の前の事を臨機応変に処理したり、
闇雲にスピードを求められるような事は苦手のようだと言われた。
そうかもしれないと思った。

今日はその事をいろいろ考え込んでしまった。
スピードがないのは長年家でだらだら過ごしてきたからだろうか。
どうもカウンセラーの話からすると生まれついての特性のような気もする。
全体像を捉えるのが得意ならそのようなメタな思考を拡大する事で周囲の現実に上手く適応すればいいのだろうか。
カウンセラーの話のニュアンスからすると臨機応変とかスピードが要求される事というのは自動的、機械的な処理の事を言っている気がする。
だとすると機械的な処理より、
メタな思考によって周囲の現実に適応しようとする方がより人間的な気がする。
それに実際鈍臭い私でも、
コンディションがよくて思考をフル回転させられるときは周囲の現実への適応力をかなり高いところまで持っていけている気がする。
などと結局都合のいい結論へ落ち着くのだった。

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|この身体、この精神 | 18:51 | comments:5 | trackbacks:1 | TOP↑

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床屋

「二ヶ月ぐらい伸ばしてますか」

「いや、もう三ヶ月ぐらい伸ばしてます」

「じゃあ、伸びた分を切ればいいですかね」

いい判断だ。




「揉み上げ伸ばしてるんですか。それとも、自然に伸びちゃった感じですかね」

何だか自分がすごく不精な人間みたいに思えてきた。

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|日記、雑談 | 00:58 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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ディスプレイ上でマウスカーソルを追いかける蜘蛛

06101900.jpg



追いかけて跳びかかります(笑)
でも、しばらくからかっているとあんまり反応しなくなります。


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|日記、雑談 | 03:05 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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自分を客観化する

 二〇〇六年 六月。


 バスの窓から外を眺めながら、考えていた。

 私は病に手足を縛られて、知識や経験を得られなかった。知識や経験に頼る事が出来なかったから、全ての関心を切り捨てて自分自身に意識を集中し、直感を鍛えたのだと思っていた。しかし、それはおかしい。ただ自分に意識を集中しても自分の中の気分や感覚に囚われて、強迫的に思考は空回りするだけのはずだ。そして、今自分はそういう状態にある気がする。

 今までと違う自分を一から造り直さなければならないとどこかで考えていた。寝たり、起きたり、食べたり、立ったり、歩いたり、そういう基本的なところから意識的に造り直さなければならない。そうすれば自然とさまざまな事が出来るようになる思っていた。しかし、今までと違う自分とは何なのかまるで分からない。だから、結局強迫的に身体感覚にこだわる事になる。

 かつて一から自分が造り変えられていく感覚を持った事があった。その体験があまりに強烈だったために、一から自分を造り直さなければならないという過剰な思考が生じたのかもしれない。しかし、それはあくまで変化の結果として一から自分が造り変えられていく感覚を得たのであって、けして予め設計図があって全て計算の上で自分を造り直したわけではないし、そんな事出来るわけがない。

 以前さみしくて仕方ない時期があり、アイドル関係の番組ばかり見るようになった。そして、あるアイドルを本気で好きになってしまった。それが変化のきっかけだった。自分以外の何かに関心を向けるのは初めてだった。自分の気分や感覚の外へ関心を向ける事で、自分自身を客観化できた。そうする事で初めて自分自身に関心を集中し、自分をコントロールできる可能性を見い出す事が出来た。自分自身を客観化できないまま自分に関心を集中しても、自分の中の気分や感覚に囚われるだけだ。

 要するに、もう一度上手く自分の気分や感覚の外に関心を向ける必要があるのではないか。

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|この身体、この精神 | 15:14 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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カルティエ現代美術財団

 二〇〇六年 六月。



 カルティエ美術財団コレクション展        東京都現代美術館




 閉館後の美術館のエントランスホールに集まって、学芸員からカルティエ現代美術財団コレクション展の説明を聴いた。企画展の料金が半額になると聞いて東京都現代美術館友の会の会員になったのだ。その友の会限定イベントだ。

 カルティエ現代美術財団というのは一般の美術館のように既に出来上がった作品を集めてくるのではなく、作家に注文を出して新たに制作された作品を展示収集している。まだ知られていない若い作家の支援という意味があったり、普段は商業デザインの仕事をしている人に商業的な事は一切気にしないで自由に好きなものを作ってもらったり、多彩な活動をしている。

 学芸員の話の後、自由見学となった。



 商業デザインや工業デザインの分野の人もいるという事で、アレッサンドロ・メンディーニやジャン=ミシェル・オトニエルやマルク・クチュリエの作品は質感が単純に美しかったし、マーク・ニューソンやパナマレンコの作品はオモチャのような面白さがあった。



 あと、印象に残ったのはデニス・オッペンハイムの「テーブル・ピース」という作品。
 長い机の両端にそれぞれ黒と白のスーツを着た二、三才の子供ぐらいの大きさの人形が座っていて、口をパクパクさせながら意味不明な言葉を繰り返し延々と言い合っている。その言葉が展示室に木霊している。
 まるで強迫観念に囚われて、答の出ない事を、ああでもない、こうでもない、と考えているときの自分の頭の中のようだった。





時間がなくて全部見る事が出来なかったから、パンフレットに挟んであった招待券でもう一度来る事にした。

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|美術館・博物館 | 17:54 | comments:3 | trackbacks:3 | TOP↑

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いつもは(BlogPet)

昨日、弘毅が
いつもは、歩くってこんな感じでいいんだっけ、それともああだっけ、こうだっけ、とベルリン的な思考に嵌り込んでしまう。
とか言ってた?

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「フェルト」が書きました。


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|ブログペット | 11:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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