2006.12.31 Sun
思考を組み立てる
二〇〇六年 九月。
この前買ってきた放送大学の「初歩からの微積分
」というテキストを読んでみた。
活字を眼だけで追っていても、ところどころで「ん?何?」みたいなところがある。実際に手を動かして、式を変形してみないと理解できない。式をいじくっているうちにどこかで見たような形が見えてくる。あそこで出てきた事はここで使うのかという感じで、さっきまで分かったような分からないような曖昧だったものが頭の中で具体的な形になっていく感覚に興奮する。
始め数学的思考というのは、日常の思考とは違って特殊なのかと思った。しかし、よく考えてみると過去の経験や思考を組み立てて、常に新しい世界観を作り出そうという日常の思考と何も変わらない。
病気になったとき、急に数学が出来なくなってがっかりした。何をしても知識は雑学的に平坦に広がっていくだけで、その事に強い不満を感じた。この病気は、自分の思考を体系化するような能力を低下させるのかもしれない。しかし、今は当時に比べると自覚的に思考を組み立てられるようになっている気がする。だとすると、病気は良くなっているのかもしれない。そして、自らの経験や思考を組み立てて自分なりの世界観を作り出せるかどうかが、子供と大人の境界線なのかもしれない。
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活字を眼だけで追っていても、ところどころで「ん?何?」みたいなところがある。実際に手を動かして、式を変形してみないと理解できない。式をいじくっているうちにどこかで見たような形が見えてくる。あそこで出てきた事はここで使うのかという感じで、さっきまで分かったような分からないような曖昧だったものが頭の中で具体的な形になっていく感覚に興奮する。
始め数学的思考というのは、日常の思考とは違って特殊なのかと思った。しかし、よく考えてみると過去の経験や思考を組み立てて、常に新しい世界観を作り出そうという日常の思考と何も変わらない。
病気になったとき、急に数学が出来なくなってがっかりした。何をしても知識は雑学的に平坦に広がっていくだけで、その事に強い不満を感じた。この病気は、自分の思考を体系化するような能力を低下させるのかもしれない。しかし、今は当時に比べると自覚的に思考を組み立てられるようになっている気がする。だとすると、病気は良くなっているのかもしれない。そして、自らの経験や思考を組み立てて自分なりの世界観を作り出せるかどうかが、子供と大人の境界線なのかもしれない。
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|この身体、この精神 | 04:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














