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日本画の変遷

 二〇〇七年 一月十九日。

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 都路華香展       東京国立近代美術館

 明治期の作品は雑でつまらなく思えたが、大正期の作品はクリアで鮮やかだった。それは、小林古径展でも感じた。というか、日本画全体の傾向のような気がする。では、日本画というのは流派の縛りを脱して、伝統的な画材を使いながらも国際的に通用する絵画を作ろうという動きだと思うが、日本画という言葉が生まれる以前の、まだ狩野派や四条派といった流派に分かれていた頃の作品はどうだったのか、少し意識して見てみようと思った。


 柳宗理のモダン・デザイン

 展示室の中に、椅子や机や食器が並べてある。

 工業デザインというものを、どう見ていいのか分からない。純粋に観客に鑑賞されたり、解釈されたりするために作られた美術作品とは違う。

 しかし、展示のための美術という観念は近代以降に出てきたものだと思う。それ以前の美術については、知識がないから分からない。

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|美術館・博物館 | 01:29 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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特殊性

 二〇〇七年 一月。


 子供の頃は、自分がいるかいないかで二十一世紀の意味そのものが変わってしまうと思っていた。今となっては、具体的にどういう意味でそんな事を思っていたのか思い出せない。しかし、そのような使命感も重要かもしれない。



 或いは、平凡である事をただ恐れていただけかもしれない。

 しかし、やがて病との闘いの中で、特別であるとか、平凡であるとか、そんな事はどうでもよくなった。病に上手く対処できるかどうかだけが問題だった。








 子供の頃は覚悟もないまま、生きるさまざまな困難を先回りして考え過ぎたのかもしれない。

 しかし、覚悟なんてしようと思って出来るものではない。無理に覚悟がどうこう言っても、単なる駆り立てや空回りにしかならない。そして、一度確立できたように思えても、モチベーションやテンションと連動して、いつの間にか揺らいでいたりするものだ。

 そうは言っても、子供の頃ほどの臆病さはもうない。








 収功をするときの、激しく明確な熱感は消えた。代わりに、涼しい風のような感覚が全身を包むようになった。

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|この身体、この精神 | 03:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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変化の蓄積

 二〇〇七年 一月五日。



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 ビル・ヴィオラ: はつゆめ         森美術館



 「クロッシング」(1996)

 暗い部屋の真中にスクリーンがあり、その表裏両面に映像が映し出されている。

 薄暗い空間の中を向こうから、白いズボンと淡い青色のワイシャツを着た男性が歩いてくる。

 カメラの前で立ち止まると、足下から少しずつ炎が上がり、やがて全身が炎に包まれる。スクリーンの反対側の映像では、上から水が落ちてくる。炎と水の勢いが激しくなるにつれ、やがて男性の姿は見えなくっていく。

 そのうち炎と水の勢いが収まると男性の姿は消えていて、何もない空間だけが残っている。

 清冽な印象の作品だった。



 「ベール」(1995)

 部屋が暗く、下手に動くと他の観客にぶつかりそうで、思うように動けない。それで始めなかなか作品の全体の構造が分からなかった。

 何とか作品の周囲を一周して、やっと全体の構造が分かった。

 半透明の布が、面を平行にして縦方向に並んでいる。その布の列に向かって前後両方向から、映像が投射されている。ひとつは夜の暗い森の中を男性がこちらに向かって歩いてくる映像、もう一つは同じように暗い森を女性が歩いてくる映像。

 映像は布の連なりの中で拡散し、曖昧になっていく。布の列の真中で二つの映像は重なるが、もはや映像はぼやけて何だか分からないただの光の束になっている。

 意味深だが、単純に美しい作品だと思った。



 「ストッピングマインド」(1991)

 前後左右にスクリーンがある。スクリーンには草原や街中の静止した映像が映っている。それが、時折数秒だけ轟音と共に動く。四つのスクリーンに囲まれた中央に立つと、天井から呪文のような早口の囁き声が聞こえる。

 我々の意識は記憶や感情を留めようとするが、現実は常に変化し続ける。思考の流れを止めてはならない。そのような事が禅に関する本に書かれていて、そこからインスピレーションを得て作った作品だという。

 私も気がつくとこうでなくてはならないのではないかという型にいつの間にか自分を嵌め込もうとしていて、もっと変化の流れというものに自覚的になるべきではないのかという考えとの間に葛藤を常に感じている。



 ここまでは、八十年代に日本に滞在したときの経験を元に作った作品だった。

 やがて、彼は人間の感情をどう表現するかという事に関心を持つようになる。そして、後期ルネサンスのマニエリスムの絵画を研究するようになる。

 そして、プロの俳優に演技をさせて、それを超スローモーションで撮影するようになる。そうする事で、俳優の感情表現は過剰に誇張される。



 「グリーティング」(1995)

 まず二人の女性が話をしている。そこに片方の女性の知り合いの女性がたまたま通り掛かり、挨拶を交わした後、もう一方の女性に紹介するという四十数秒の場面を十数分に引き延ばした作品。

 知り合いの女性が向こうからやってくる事に気づいた片方の女性は、何かとんでもないものでも発見したかのような驚きの表情をする。やがてそれは笑顔に変わり、抱擁を交わす。それを見ているもう一方の女性は「この人誰?」というような冷めた不満げな、そしてどこか不安げな表情を浮かべている。やがて、女性を紹介されると安心して和らいだ表情に戻る。

 片方の女性がもう一方の女性に知り合いを紹介するだけの場面が、極度に引き延ばされる事で表情の変化が過剰に強調され、劇的な場面になる。



 続く展示室には、壁にいくつもの液晶ディスプレイが並んで掛けてある。ちょっと見た感じでは美術館の展示室によくある光景に見える。つまり、液晶ディスプレイが壁に掛けられた絵画のようだ。しかし、実際には画面の中では怒りや悲しみなどを表現した俳優の超スローモーション映像が少しずつ動いている。

 研究熱心なのは分かるが、実験的な作品という感じで一つひとつの作品の完成度はそれほど高いとは思えなかった。それとも、この展示空間全体がひとつのインスタレーションという事なのだろうか。



 「ラフト/漂流」(2004)

 年齢も人種も性別もばらばらな十数人の人物が、画面の中に立っている。朝の駅のホームの光景のように、冷めた不機嫌そうな顔で何かを待っているようにも見える。

 そこに突然四方から、大量の水が凄い勢いで浴びせかけられる。ひっくり返ってもがく者もいれば、水の勢いに必死に抗している者もいる。

 やがて、放水は止まる。それに対する反応もさまざまだ。茫然とする者、泣き崩れる者、倒れている者を助け起こそうとする者。

 この作品も一分数十秒の場面を十数分に引き延ばしたものだ。

 この作品は作者の父の死の影響の元に作られた。

 この前の展示空間での実験と研究が、この作品でひとつの完成を見たのかと思った。





 「ミレニアムの5天使」(2001)

 大きな暗い展示室に五つのスクリーンがあり、それぞれに違ったアングルと色の光の中で、水に飛び込む人物を映した逆回しの超スローモーション映像が映し出されている。

 ほとんどの時間は空気の泡が光を反射しながら、たゆたっているだけだ。やがて、泡は水面の一点に集中し始め、水面は波立つ。そのうち人の姿が現れ,水面から飛び出していく。

 人物の浮上は五つのスクリーン上で時間差を持って行われる。劇的な変化の予感を孕みながら、水面が泡立ち、波打ち始めると、そのスクリーンの前に観客は集まり始める。他のスクリーンは、何の変化もないような、ただキラキラと泡が浮遊する映像を映し続けている。

 暗い展示室の中でその様子を眺めながら、目に見えない変化は常に生じていて、その変化の蓄積がある一定の量を超えたとき、一気に劇的な形でそれは表面に現れるのだ、そんな事を思った。

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|美術館・博物館 | 00:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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何だか寂しかった

 二〇〇六年 十二月二十九日。


 秋葉原へ来るとき、いつもは末広町駅を使うのだが、久し振りに日比谷線の秋葉原駅で降りてみた。

 駅前の様子が随分変わっている。しかし、昭和通りに出てみると、以前とたいして変わらない風景が広がっていた。

 しかし、JR秋葉原駅方向へ歩いてみると、やっぱり全然変わっている。以前あった建物がどんどん無くなっている。

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 最近は一年に一度来るかどうかだが、九十年代までは秋葉原にはよく来ていた。ある程度知っている街が急速に変わっていくのは、何だか寂しい。

 以前は電気店だった建物が、パチンコ店や食い物屋が入ったただの雑居ビルになっていたりする。そして、何ヶ所ものビルが取り壊され、歯が抜けたように空間が空いている。

 再開発計画が秋葉原に出入りする人たちの与り知らぬところで動いている感じがして、不気味だ。

 街のところどころにメイド服を着た若い女性が立って、チラシを配っている。パソコンショップの店頭にあったフリーペーパーの情報によると、秋葉原には七十以上のメイド喫茶があるという。しかし、これらの店も数年後にはブームが去って、すっかり消えているのかもしれない。

 物事の変化に触れて寂しさを感じるというのは、歳を取ったという事だろうか。千年生きる仙人がいたとしたら、生きれば生きるほど寂しさを感じるのだろうか。

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|外出 | 04:50 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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量が質を生み出している

 二〇〇六年 十二月二十四日。



 大竹伸朗「全景」      東京都現代美術館

 「スクラップブック」(1977−2005)

 買ってきた画集や写真集の上に、広告や雑誌や新聞の切り抜きやらを、とにかく気になった物を、毎日貼り付けていく。

 始めは気になった物をとりあえず貼り付けてみたという感じだが、年が経つにつれて、とにかく貼って貼って貼りまくってやるみたいな感じで、どんどんテンションが高くなっていく。

 展覧会に来る前にとにかく毎日貼り付けるんだと大竹伸朗が言っているのを聞いて、やればそれでいいのかという疑念を感じた。しかし、実際に見てみると圧倒的な量が質を生み出している。

 コラージュというのは本来の文脈から切り離した断片を組み合わせて新たな文脈を構築するものだと思うのだが、「スクラップブック」から感じるのは文脈というよりとにかくアグレッシブな雰囲気で、それが気持ち好かった。



 展示空間は三階から地下二階まであるのだが、三階は漫画家を志していた少年時代から三十歳前後までの作品が展示してある。

 デビュー以後の一部の作品以外は公開を前提として作っているわけではないから、一つひとつの作品の完成度は決して高くない。しかし、膨大な量の作品が上から下まで壁一面に展示されているのを見ると、表現者になるんだという強い意志と執念が滲み出ている。



 最後の地下二階の展示空間は、最近の作品が展示してある。

 日本各地を旅して描くという雑誌の連載で地方の温泉地にある風俗店の看板の「天国はすぐそこ」みたいな、パンフレットによると『「絶景」ならぬカッコ悪い「絶句景」』を描いた「日本景」(1995−2000)にしても、東京出身の彼の原風景である立ち並ぶビルを描いたBLDG. にしても、単に既にある物や自らの内面を描いている気がした。若い頃の何かを生み出そうという試行錯誤のエネルギーが減退して、関心が後ろ向きに感じた。



 結局、毎日行っているという「スクラップブック」が、彼の表現の本質なのだろう。自分の気になったものを加工して、作品として吐き出す。

 自分の経験した現実を自分の中で再構築して表現として吐き出すというのが、芸術という行為の本質だと思った。 

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|美術館・博物館 | 04:41 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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