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暑い夏

 二〇〇七年 八月六日。



 その日は、晴天だった。外に出ると、気持ちが好い。照りつける太陽に駆り立てられるようだ。

 久し振りにJRに乗った。

 子供の頃、こうやってJRに乗って塾に通った。そのときの感覚を、ふと思い出した。子供の頃の自分、つまり、病気になる前の自分に戻りつつあるのだろうか。それともいつも乗る地下鉄の車両とは音も匂いも違う、JRの車両が当時の記憶を蘇らせるだけだろうか。



 


 出掛けている間は特にどうという事もなかったのだが、出掛けた後の数日間夏バテしたのか、酷く疲れ果てたようなだるさを感じた。

 しかし、数日するとその疲労感も消え、自然と目の前の行為に集中できて、畳み掛けるような調子に乗った気分になった。



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|この身体、この精神 | 17:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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世界観と自己イメージ

 二〇〇七年 七月。



 電車の中でプラトンの「国家」を、ちびりちびりと数ヶ月かけて読んだ。





 国政と魂の関係を延々と語った後、最後に魂の不滅が説かれる。

 なぜプラトンは魂と身体を完全に分けて考えたのか気になった。要するに、それはイデアとその仮象としてのこの世界という彼の世界観の反映なのだろう。結局、世界観と自己イメージは表裏一体なのだ。






 小学生の頃、相対性理論に関する本を読んで、その日常の感覚とは違う世界観に驚いた。そして、その本に載っている、いろいろな公式をパソコンに打ち込んで遊んだりした。

 しかし、中学生になると、世界の全てを科学し尽くす事なんて出来ないし、仮に出来たとしてそれが何になるのかと考えるようになった。そもそも科学する事で自分がこの世界をどうしたいのかが分からない。

 関心はどんどん自らの内面と自らの存在の根拠へと、向かっていった。

 私は自らの存在の根拠というか核心は、自らの意識だと思っていた。それがこの身体を支配しているのだと思っていた。

 だが、私には自らの意思決定の過程がまるで見えない。自らの意思で好き嫌いを決めたり、気分を形作っているわけではない。自らの判断が好き嫌いや気分に左右されるとしたら、自らの意思というものが何か得体の知れないものの支配下にあるような気がして不安になった。

 自らの主体であると思っていた自らの意識が、結局は自分にとって巨大なブラックボックスである事に気がついた。

 同時に当時は、どうせ死ぬのなら何をしても意味がないのではないか、そもそも生きていても仕方ないのではないかという考えに取りつかれていた。そして、また、仮に何らかの方法で死を免れたとしても、自らの存在の根拠を見失って基本的に生きる事を無意味だと感じていた私にとって、無意味な生が永遠に続く事によってそこから何らかの価値が生まれるとも思えなかった。

 もはや、どこにも救いはない。自分を含めたあらゆる人間にも、この社会にも何の価値も見出せなかった。奈落の底に落ちていくような気分だった。

 




 今考えれば、自分をこの世界から切り離して、自分の内面だけに意識を向けたのが間違いだった。誰かの心の中を覗く事が出来たとしても、見えるのは相手の心の中に映り込んだこの世界だけだろう。

 自分をこの世界から切り離して、自分の内面だけを見詰めれば、何も見えなくなるのは当然だ。世界観と自己イメージは表裏一体なのだ。真に主体的な意志が生まれるとしたら、世界観と自己イメージの間からしかないだろう。

 子供の頃相対性理論に関する本を読んで関心を持ったのは、単に子供じみた好奇心に過ぎず、だから、その先に進めなかったのだと思っていた。

 しかし、本当はそのとき感じた世界観の揺らぎみたいなものが、自分にとって重要な意味を持つ事を本能的に感じていたのかもしれない。



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|この身体、この精神 | 02:20 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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近代建築の典型

 二〇〇七年 六月二十九日。



 ル・コルビュジエ展       森美術館



 建築を「住むための機械」と考えたコルビュジエは、必要最小限の要素で構成された「最小限住宅」を安価に大量に供給しようと考えた。

 それで、ドミノ型、シトロアン型、ルシュール型、モノル型など、さまざまなタイプの規格化されたモジュールを積み上げていく形の建築を考える。

 近代合理主義の権化のようだ。これが今の団地や学校といった公共建築の形の元祖なのだろう。

 規格化された建築というと画一的でつまらなそうに思えたが、模型や映像で見ると、かなり自由に空間が構成されていて、工夫があって面白い。

 柱で建物を支える鉄筋コンクリートは、それ以前の厚い壁で建物を支えていた建築に比べてデザインの自由度が高い。全面ガラス張りのビルといったものも、鉄筋コンクリートの技術があってこそだ。

 しかし、個人的には以前見たガウディやルイス・バラガンの方が個性的で面白かった。



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|美術館・博物館 | 16:55 | comments:3 | trackbacks:1 | TOP↑

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感覚を変化として見る事にした

 二〇〇七年 六月。


 
 久しぶりに収功をすると、体に熱が戻った。



 窓から太陽の照りつける明るい戸外を見ると、体の中に硬い手応を感じた。

 駆り立てるように、ぎらぎら照りつける夏の太陽が好きだ。以前は常にこういう、世界と自分の意志が干渉し合い、ひとりで世界を包囲しているような張り詰めた気分の中にいた。

 しかし、それは、収功の後に感じる、気感を足下に落として、足下がスースーするような感覚に比べると、上半身を力ませて自分を駆り立てているだけな気もした。

 だが、よく考えれば上半身にさまざまな感覚を感じるからこそ、それを気感として足下に落としていけるのであり、そこに何の矛盾もない。



 収功の後、収功をする前とした後で何が違うのか気になる。今ある感覚の前には何を感じていたのか。しかし、なかなか上手く思い出せない。そんな事を考えているうちに、目の前にあった感覚は遠のいていく。

 結局、自分が何を感じていたのか、感じているのか分からなくなって、またああでもない、こうでもないという強迫的思考に嵌まり込む。

 考えた末、目の前の特定の感覚ではなく、もっと全体を見て、感覚を変化として意識する事にした。



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|この身体、この精神 | 01:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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