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自分を客観化する

 二〇〇六年 六月。


 バスの窓から外を眺めながら、考えていた。

 私は病に手足を縛られて、知識や経験を得られなかった。知識や経験に頼る事が出来なかったから、全ての関心を切り捨てて自分自身に意識を集中し、直感を鍛えたのだと思っていた。しかし、それはおかしい。ただ自分に意識を集中しても自分の中の気分や感覚に囚われて、強迫的に思考は空回りするだけのはずだ。そして、今自分はそういう状態にある気がする。

 今までと違う自分を一から造り直さなければならないとどこかで考えていた。寝たり、起きたり、食べたり、立ったり、歩いたり、そういう基本的なところから意識的に造り直さなければならない。そうすれば自然とさまざまな事が出来るようになる思っていた。しかし、今までと違う自分とは何なのかまるで分からない。だから、結局強迫的に身体感覚にこだわる事になる。

 かつて一から自分が造り変えられていく感覚を持った事があった。その体験があまりに強烈だったために、一から自分を造り直さなければならないという過剰な思考が生じたのかもしれない。しかし、それはあくまで変化の結果として一から自分が造り変えられていく感覚を得たのであって、けして予め設計図があって全て計算の上で自分を造り直したわけではないし、そんな事出来るわけがない。

 以前さみしくて仕方ない時期があり、アイドル関係の番組ばかり見るようになった。そして、あるアイドルを本気で好きになってしまった。それが変化のきっかけだった。自分以外の何かに関心を向けるのは初めてだった。自分の気分や感覚の外へ関心を向ける事で、自分自身を客観化できた。そうする事で初めて自分自身に関心を集中し、自分をコントロールできる可能性を見い出す事が出来た。自分自身を客観化できないまま自分に関心を集中しても、自分の中の気分や感覚に囚われるだけだ。

 要するに、もう一度上手く自分の気分や感覚の外に関心を向ける必要があるのではないか。

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|この身体、この精神 | 15:14 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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| | 2006/10/18 22:17 | | ≫ EDIT

コメントありがとうございます。
いろいろ工夫していきたいところです。

| 弘毅 | 2006/10/19 03:21 | URL | ≫ EDIT















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