2006.12.11 Mon
携帯音楽プレイヤー
二〇〇六年 七月。
携帯音楽プレイヤーを買った。それを持って出掛けた。
イヤホンをしながら外を歩くと周囲の音が遮断されて落ち着かないし、歩く事に集中できない。
電車の中でも、聞いてみた。ひとりで部屋でぼんやりしているように自分の世界に入り込んでいくようで、せっかく出掛けているのに勿体ない。
東京都現代美術館の常設展を見た。
この美術館の収蔵品の中では、前からウォーホルの「6枚組みの自画像」が好きだ。シルクスクリーンの質感と補色関係に近い色の配置が、頭がくらくらするほど好い。
吉田克郎の「触」は、白い画面に黒鉛粉をなすりつけたものだ。なすりつけられた黒鉛粉から指の感触や動きをイメージさせる作品なのかと思った。しかし、なすりつけられた黒鉛粉はひとつの「塊」というか「形」に見えて、絵画性も確保しているようだ。むしろ、絵画として黒鉛粉の作る質感や形を見る方が面白い。
イヤホンをしながら、清澄公園の方へぶらぶら歩いてみた。イヤホンからの音を聞きながら歩くと、やっぱり落ち着かない。
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イヤホンをしながら外を歩くと周囲の音が遮断されて落ち着かないし、歩く事に集中できない。
電車の中でも、聞いてみた。ひとりで部屋でぼんやりしているように自分の世界に入り込んでいくようで、せっかく出掛けているのに勿体ない。
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この美術館の収蔵品の中では、前からウォーホルの「6枚組みの自画像」が好きだ。シルクスクリーンの質感と補色関係に近い色の配置が、頭がくらくらするほど好い。
吉田克郎の「触」は、白い画面に黒鉛粉をなすりつけたものだ。なすりつけられた黒鉛粉から指の感触や動きをイメージさせる作品なのかと思った。しかし、なすりつけられた黒鉛粉はひとつの「塊」というか「形」に見えて、絵画性も確保しているようだ。むしろ、絵画として黒鉛粉の作る質感や形を見る方が面白い。
イヤホンをしながら、清澄公園の方へぶらぶら歩いてみた。イヤホンからの音を聞きながら歩くと、やっぱり落ち着かない。
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|美術館・博物館 | 20:11 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

