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記録と記憶

 二〇〇六年 十二月二十二日。


 

 東京都現代美術館

 本当は大竹伸朗展を見るつもりだったが、時間がなくて常設展だけを見た。

 写真の下に写真を撮った場所と日付が書いてあるハミッシュ・フルトン「午後の濁った水 朝の澄んだ水」(1983)、「YUROK」(1980)。それと似た作品でリチャード・ロング「イングランド」(1968)。これらの作品は旅の記憶をそのまま作品にした感じで、自分の記憶でもないのに、何だか懐かしい気分になった。

 小沢剛の「地蔵建立」シリーズは世界各地を巡り写真を撮ったものだ。隅っこにちょこちょこっと地蔵の輪郭だけを描いた紙片が写っている。結局これもただ旅をして、その記録を作品にしたかっただけではないのかと思った。

 記憶や記録というテーマでは、河原温の「Today」シリーズも印象に残った。

 単色に塗られたカンヴァスに、白抜きで日付が描かれている。そして、カンヴァスの入れられている厚紙で出来た箱の内側には、その日の新聞の切り抜きが貼ってある。

 日付を見て自分はその頃何をしていたのだろうとか、まだ自分が生まれる前の日付でも、箱に貼られた新聞の切り抜きを見て、その日にはこんな事があったのかといろいろ想像したり、考えたりした。



 

 荒木珠奈「Caos Poetico(詩的な混沌)」(2005)。

 暗い部屋に電線が張り巡らされ、そこから中に豆電球の入った、さまざまな色と形の紙で作った家がぶら下がり、さまざまな色の光を発している。

 作者はメキシコで暮らした事があった。貧しい人々が暮らす街では住民たちが電線から勝手に自分の家に電線を引っ張ってきて、電気を使っていた。夜になると家々の灯りがキラキラと、とてもきれいだった。その記憶を元に、この作品を作ったという。

 部屋の隅の床にまだ家が置いてある。家をひとつ手に取り、何だか部屋の真中の方に家が偏っている気がしたから、わざと一番隅の垂れ下がったコンセントからその家をぶら下げておいた。





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