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家族への苛立ち

 二〇〇五年 五月三日。

 憲法記念日という事で、憲法に関する討論番組をやっている。人権に関する討論を聞いていて、
 「権利、権利って言って、義務を果たさない奴がいるから困るんだよな」
 と弟は言う。
 明らかに、私に対して言っている。弟のこういう発言を聞くと、いつも無性に腹が立つ。弟はいろいろな事に不満を抱きながら生きているタイプで、自分は生活しているだけで精一杯なのに、人権だ環境だと言っている人間が格好つけているように見えるのだろう。
 私は社会に対して意識の高い人間だった。だが、病によって行動力を失った私には何も出来ず、とりあえず全ての関心を放棄して、自分自身に意識を集中して病を片付ける事にした。やがて、社会への関心は薄れ、かつての自分が何も出来ないくせに格好だけつけている無力で恥ずかしい人間に思えてきた。今でも、家族の前で社会派っぽいドキュメンタリーを見るのが恥ずかしい。だが、実際には何が出来るとか、出来ないとかいう事が問題ではなく、無関心でいるよりもとにかく状況を知ろうとする事が重要だ。
 だが、そんな事が苛立ちの原因の本質ではない。問題は私が、家族が自分を馬鹿にしていると感じている事だ。確かに、今の私は無力だ。しかし、完全に無力だというわけでもない事も知っている。だが、それをどう伝えれば好いのか分からない。いや、家族に理解してもらう必要はない。そんな事が問題なのではない。私が全力を尽くして生きているなら、家族が何を思おうと気にもしないだろう。問題は、煮え切らない自分だ。

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|この身体、この精神 | 17:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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