2007.04.05 Thu
女性への憧れ
二〇〇七年 一月二十九日。
病院に出掛ける前、シャワーを浴びていた。
いつもより楽に動けている気がする。努力の蓄積が一定の量を超えると無理に自分を駆り立てなくてもいろいろな事が自然と出来るようになるのだと勝手に考えて、少し得意気な気分になった。
バスに遅れそうになって、走った。途中段差がある場所があり、そこに数段の階段がある。走りながら階段を飛び越え、右足で着地し、そのまま地面を蹴って前に進もうとした。
しかし、気がつくと目の前にアスファルトの地面がある。片足だけで体重を支えられず、ぐしゃっと潰れるように転んだ。とっさに手をついたが、腕でも身体を支えられず、頬を地面につけて這いつくばうという屈辱的な姿勢となった。思ったよりも足腰が弱っている気がして、さっきの得意気な気分は吹き飛んだ。
地下鉄の中で考えた。
以前はこうやって出掛けていると、せっかく出掛けているのだから感覚的に何か試さなくてはと、細かい事をいろいろ考えた。しかし、今はそんな事を考えずに、何となくぼんやりとシートに座っている。だからといって、虚ろな気分というわけではない。
以前は、よほど生きる事に手応えがなかったのだろう。
帰りに、床屋に寄った。
若い女性に切ってもらった。
男性と違って、女性は髪や肌の触り方が柔らかくて、ねちっこい。何だかどきどきして、何度も唾を飲み込んだ。しばらく忘れていた女性への憧れを少し思い出した気がした。
次の日、目が覚めるといつもより気分が好い。いつもは起きてもぐったり身体が重いのに、この日はそうでもなかった。
いつもは、収功をやると疲れるのか、しばらくすると頭がくらくらするような、手応えのない頼りない感覚に支配される。しかし、この日はそんな頼りない感覚はなかった。むしろ多少力んでも壊れないような、頑丈な気分だ。意識と身体の核に気感があって、その上に全てが乗っかっている気がする。
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病院に出掛ける前、シャワーを浴びていた。
いつもより楽に動けている気がする。努力の蓄積が一定の量を超えると無理に自分を駆り立てなくてもいろいろな事が自然と出来るようになるのだと勝手に考えて、少し得意気な気分になった。
バスに遅れそうになって、走った。途中段差がある場所があり、そこに数段の階段がある。走りながら階段を飛び越え、右足で着地し、そのまま地面を蹴って前に進もうとした。
しかし、気がつくと目の前にアスファルトの地面がある。片足だけで体重を支えられず、ぐしゃっと潰れるように転んだ。とっさに手をついたが、腕でも身体を支えられず、頬を地面につけて這いつくばうという屈辱的な姿勢となった。思ったよりも足腰が弱っている気がして、さっきの得意気な気分は吹き飛んだ。
地下鉄の中で考えた。
以前はこうやって出掛けていると、せっかく出掛けているのだから感覚的に何か試さなくてはと、細かい事をいろいろ考えた。しかし、今はそんな事を考えずに、何となくぼんやりとシートに座っている。だからといって、虚ろな気分というわけではない。
以前は、よほど生きる事に手応えがなかったのだろう。
帰りに、床屋に寄った。
若い女性に切ってもらった。
男性と違って、女性は髪や肌の触り方が柔らかくて、ねちっこい。何だかどきどきして、何度も唾を飲み込んだ。しばらく忘れていた女性への憧れを少し思い出した気がした。
次の日、目が覚めるといつもより気分が好い。いつもは起きてもぐったり身体が重いのに、この日はそうでもなかった。
いつもは、収功をやると疲れるのか、しばらくすると頭がくらくらするような、手応えのない頼りない感覚に支配される。しかし、この日はそんな頼りない感覚はなかった。むしろ多少力んでも壊れないような、頑丈な気分だ。意識と身体の核に気感があって、その上に全てが乗っかっている気がする。
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|この身体、この精神 | 06:19 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

