2007.04.08 Sun
コンセプチュアルな実感
二〇〇七年 二月九日。
中村宏 図画事件 1953-2007 東京都現代美術館
中村宏は「見たものを伝える」というところから出発した。実際に起きた事件を取材して、それを描く。彼はごつごつしたマシンが好きなようで、機関車や飛行機がよく出てくる。人物たちも、ごつごつしている。初期の作品は、とにかくごつごつしている。そして、私もごつごつした質感は嫌いではない。
やがて、現場に取材に行く事はなくなり、自分の内面のイメージを描くようになる。そして、画面は一つ目の少女とマシンで埋められるようになる。
一つ目の少女とマシンを見て、美少女とメカというオタクの世界を思い出した。中村の少女は髪とスカートを振り乱したグロテスクなもので、マシンもごつごつしていて「萌え」とは違うが、結局男は若い女性とメカが好きなのだろう。(後で中村氏の話をMOT the Radioで聞いたが、彼の作品に女学生がさかんに出てくるのは、彼の実家が女学校を経営していて、子供の頃セーラー服の女学生に囲まれて育った事と関係があるというような事を言っていた)
中村は本の装丁や挿絵も手掛けていて、それらの作品が途中に展示してあった。
絵と活字の組み合わせというのは好いものだ。ネットに溢れる会話調の文章ばかりでなく、たまには凝った文章も読んでみようと思った。
やがて、どんどん観念的になって「見る事を見る」という事を考えるようになる。少女が望遠鏡をのぞいていて、画面の中央に望遠鏡を通して見た風景が描かれていたりする。
一九八十年代以降になると、画面は繊細で写実的になっていく。
画面に動きを与えるためにカンヴァスの枠を列車や飛行機の窓に見立てた作品や、機械における燃料に当たるものが絵画においては観客の視線であり、絵画という構造に視線を注ぐ事で絵画は動くのだという、画面の中を車輪のような機械がしぶきを上げて疾走する「タブロー・マシーン」シリーズがあった。
あと、ある日ふとアトリエで脈絡なく並べられた自分の作品を見て、そこから思いがけないイメージが生まれた経験から、別々に制作された自分の作品をランダムに繋げた作品や、人間は列車のダイヤの折れ線を見ただけで列車の運行や旅の情景を思い浮かべる事が出来るというダイヤの折れ線を使った作品があった。
とにかく見る者のイメージを刺激するための工夫がたくさんあって、その真剣な試行錯誤に好感を持った。
この間、詩的な感覚とコンセプチュアルな想像力の関係について、ふと考えた。
この展覧会を見て、コンセプチュアルな思考も突き詰めていけば、詩的な感覚と同じような直感的で実感のある感覚に至るのであり、二つの間に矛盾はないのだと思った
ランキングに参加しています。下のバナーをクリックしていただけたら、ありがたいです。
中村宏 図画事件 1953-2007 東京都現代美術館
中村宏は「見たものを伝える」というところから出発した。実際に起きた事件を取材して、それを描く。彼はごつごつしたマシンが好きなようで、機関車や飛行機がよく出てくる。人物たちも、ごつごつしている。初期の作品は、とにかくごつごつしている。そして、私もごつごつした質感は嫌いではない。
やがて、現場に取材に行く事はなくなり、自分の内面のイメージを描くようになる。そして、画面は一つ目の少女とマシンで埋められるようになる。
一つ目の少女とマシンを見て、美少女とメカというオタクの世界を思い出した。中村の少女は髪とスカートを振り乱したグロテスクなもので、マシンもごつごつしていて「萌え」とは違うが、結局男は若い女性とメカが好きなのだろう。(後で中村氏の話をMOT the Radioで聞いたが、彼の作品に女学生がさかんに出てくるのは、彼の実家が女学校を経営していて、子供の頃セーラー服の女学生に囲まれて育った事と関係があるというような事を言っていた)
中村は本の装丁や挿絵も手掛けていて、それらの作品が途中に展示してあった。
絵と活字の組み合わせというのは好いものだ。ネットに溢れる会話調の文章ばかりでなく、たまには凝った文章も読んでみようと思った。
やがて、どんどん観念的になって「見る事を見る」という事を考えるようになる。少女が望遠鏡をのぞいていて、画面の中央に望遠鏡を通して見た風景が描かれていたりする。
一九八十年代以降になると、画面は繊細で写実的になっていく。
画面に動きを与えるためにカンヴァスの枠を列車や飛行機の窓に見立てた作品や、機械における燃料に当たるものが絵画においては観客の視線であり、絵画という構造に視線を注ぐ事で絵画は動くのだという、画面の中を車輪のような機械がしぶきを上げて疾走する「タブロー・マシーン」シリーズがあった。
あと、ある日ふとアトリエで脈絡なく並べられた自分の作品を見て、そこから思いがけないイメージが生まれた経験から、別々に制作された自分の作品をランダムに繋げた作品や、人間は列車のダイヤの折れ線を見ただけで列車の運行や旅の情景を思い浮かべる事が出来るというダイヤの折れ線を使った作品があった。
とにかく見る者のイメージを刺激するための工夫がたくさんあって、その真剣な試行錯誤に好感を持った。
この間、詩的な感覚とコンセプチュアルな想像力の関係について、ふと考えた。
この展覧会を見て、コンセプチュアルな思考も突き詰めていけば、詩的な感覚と同じような直感的で実感のある感覚に至るのであり、二つの間に矛盾はないのだと思った
ランキングに参加しています。下のバナーをクリックしていただけたら、ありがたいです。
|美術館・博物館 | 16:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

