2007.11.09 Fri
肉体寄りの感覚
二〇〇七年 九月。
具合の悪さの中で考えた。気力や体力が衰えているのだ。観念的なことばかり考えていないで、もっと身体や肉体寄りの感覚を作り直すべきだ。
以前、そのようにして病に闘いを挑んだことがあった。
瞑想したり、散歩したりしているうちに、身体感覚や自己イメージは変わっていった。
私は、生きることは無意味だと思っていた。それでも、生きることを選択したつもりだった。しかし、それがとてつもなく苦しかった。
しかし、あるときふと思った。
よく考えれば本当に生きる無意味を受け入れたのなら、そんなに苦しむはずはない。勉強しようとすることも、瞑想することも、その他のあるゆることがその無意味に対抗するための行為に過ぎなかった気がした。
そもそも生きることに、意味を感じるとはどういうことなのか。それが充実感などの気分のことであるのなら、充実感をもって生きていようが、むなしさにさいなまれながら生きていようが、それは気分に過ぎない。人間の意識が気分だけで出来ているわけではない以上、そのことに過剰にこだわる理由はない。思考はもっと別のところで、回すべきだ。
そう考えると、かつて私を打ち倒した絶望は消えた。悪い夢から醒めたようだった。
しかし、同時に瞑想も勉強も全て、結局死に物狂いで感覚や気分をいじくっていただけのような気がしてきて、失望した。
かつての絶望が生きることの意味を求めながら、それをどうしても得られないという、情熱の裏返しだとすれば、このとき感じた失望はそれとは対極にあるような非常に冷めた感情だった。そんな冷めた気分は初めてだった。
戦うだけの覚悟も、逃げ切るだけの自信もなく、ただ静かな死だけを願う冷めた老人になった気がした。
しかし、やがてそのような冷めた気分の中にこの世界や自分自身に対する奇妙な確信のようなものが芽生えた。そして、それが自分の中で確実に育っていくのが不思議だった。
私は小学生の頃、喘息持ちだった。発作を起こしていないときでも、常に身体はだるく重かった。少し走っただけでゼーゼーと息苦しくなった。それで、友人と遊ぶこともほとんどなく、家でごろごろしてばかりいるような子供だった。自らの貧弱な肉体にすっかり失望して、精神だけの存在になれたらどんなに楽だろうと、そんなことばかり夢想していた。
精神を病んでからも思うに任せぬ自らの肉体や気分からは目を背け、意志の力だけで重い身体や心を引き摺ることしか考えられなかった。
しかし、やがてそれではにっちもさっちもいかないことを思い知る。それでようやく自らの肉体や気分や感情と向き合うようになり、身体感覚や自己イメージは変わっていった。
単に気分や感覚をいじくっていただけだと思ったが、絶望から抜け出したというだけでなく、実は整理されずばらばらだった心と身体がそれなりに上手く統合されたのかもしれない。それで、いつの間にか自分自身に確信を感じるようになったのかもしれない。
絶望から抜け出したとき、同時に生きることに意味を求める情熱を失った気がした。だが、今考えれば、生きることに意味を求める情熱といっても、何か具体的なものを求めていたというより、むしろ何を求めていいのか分からなくてもがいていただけだった。別にかつての自分が真剣で深い人間だったというのではなく、不安や不満による何の実効性もない力みを情熱や努力と勘違いしていただけだ。
絶望から抜け出した後、全ては生きる無意味に抵抗するために気分や感覚をいじくっていただけな気がして失望し、次に進む方向を見失った。身体は、私の頭の中と現実の世界を接続するものだ。身体について考えることは、単なる空想と現実の世界を繋げる入り口になるはずなのに、進むべき方向を見失ってしまうと、単に気分や感覚に果てしなく強迫的になって、身体について考えれば考えるほど、思考は周囲の現実から切断されて、空回りした。しかし、新たなものが見えつつある今、以前より上手く出来そうな気がする。
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具合の悪さの中で考えた。気力や体力が衰えているのだ。観念的なことばかり考えていないで、もっと身体や肉体寄りの感覚を作り直すべきだ。
以前、そのようにして病に闘いを挑んだことがあった。
瞑想したり、散歩したりしているうちに、身体感覚や自己イメージは変わっていった。
私は、生きることは無意味だと思っていた。それでも、生きることを選択したつもりだった。しかし、それがとてつもなく苦しかった。
しかし、あるときふと思った。
よく考えれば本当に生きる無意味を受け入れたのなら、そんなに苦しむはずはない。勉強しようとすることも、瞑想することも、その他のあるゆることがその無意味に対抗するための行為に過ぎなかった気がした。
そもそも生きることに、意味を感じるとはどういうことなのか。それが充実感などの気分のことであるのなら、充実感をもって生きていようが、むなしさにさいなまれながら生きていようが、それは気分に過ぎない。人間の意識が気分だけで出来ているわけではない以上、そのことに過剰にこだわる理由はない。思考はもっと別のところで、回すべきだ。
そう考えると、かつて私を打ち倒した絶望は消えた。悪い夢から醒めたようだった。
しかし、同時に瞑想も勉強も全て、結局死に物狂いで感覚や気分をいじくっていただけのような気がしてきて、失望した。
かつての絶望が生きることの意味を求めながら、それをどうしても得られないという、情熱の裏返しだとすれば、このとき感じた失望はそれとは対極にあるような非常に冷めた感情だった。そんな冷めた気分は初めてだった。
戦うだけの覚悟も、逃げ切るだけの自信もなく、ただ静かな死だけを願う冷めた老人になった気がした。
しかし、やがてそのような冷めた気分の中にこの世界や自分自身に対する奇妙な確信のようなものが芽生えた。そして、それが自分の中で確実に育っていくのが不思議だった。
私は小学生の頃、喘息持ちだった。発作を起こしていないときでも、常に身体はだるく重かった。少し走っただけでゼーゼーと息苦しくなった。それで、友人と遊ぶこともほとんどなく、家でごろごろしてばかりいるような子供だった。自らの貧弱な肉体にすっかり失望して、精神だけの存在になれたらどんなに楽だろうと、そんなことばかり夢想していた。
精神を病んでからも思うに任せぬ自らの肉体や気分からは目を背け、意志の力だけで重い身体や心を引き摺ることしか考えられなかった。
しかし、やがてそれではにっちもさっちもいかないことを思い知る。それでようやく自らの肉体や気分や感情と向き合うようになり、身体感覚や自己イメージは変わっていった。
単に気分や感覚をいじくっていただけだと思ったが、絶望から抜け出したというだけでなく、実は整理されずばらばらだった心と身体がそれなりに上手く統合されたのかもしれない。それで、いつの間にか自分自身に確信を感じるようになったのかもしれない。
絶望から抜け出したとき、同時に生きることに意味を求める情熱を失った気がした。だが、今考えれば、生きることに意味を求める情熱といっても、何か具体的なものを求めていたというより、むしろ何を求めていいのか分からなくてもがいていただけだった。別にかつての自分が真剣で深い人間だったというのではなく、不安や不満による何の実効性もない力みを情熱や努力と勘違いしていただけだ。
絶望から抜け出した後、全ては生きる無意味に抵抗するために気分や感覚をいじくっていただけな気がして失望し、次に進む方向を見失った。身体は、私の頭の中と現実の世界を接続するものだ。身体について考えることは、単なる空想と現実の世界を繋げる入り口になるはずなのに、進むべき方向を見失ってしまうと、単に気分や感覚に果てしなく強迫的になって、身体について考えれば考えるほど、思考は周囲の現実から切断されて、空回りした。しかし、新たなものが見えつつある今、以前より上手く出来そうな気がする。
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|この身体、この精神 | 20:08 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑
