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身体に馴染む気

 二〇〇五年 十月。


 散歩していると、もやもやとした気を感じた。そのとき求めていた身体感覚にその気感が馴染まない気がして、どうしたものかと戸惑った。

 数日前に思い出した、以前この感覚さえあれば全てが上手くいくと感じていた、身体の芯に力を込める感じってどんなだったかなど、ああでもない、こうでもないと考えた。

 しかし、気というのは自分の身体の内部の感覚だけにこだわって周囲が見えなくなる事ではなくて、気はこの世界全体を覆っているのだから、むしろ気を感じる事で周囲の空間をよりはっきりと感じる事が出来るはずだ。その事を思い出し、身体の内部の感覚にこだわるのを止めて、周囲の空間に意識を張った。

 空間の拡がりの中にいる自分を意識していると、身体感覚から分離してもやもやと漂っていた気はやがて肉体に織り込まれ、身体に馴染んできた。どんなに気感を拡大しても、のぼせた感じにならずに、逆に周囲の空間と自らの身体に現実感が増す感じだ。


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|この身体、この精神 | 19:56 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

自分を通じて出会う世界と、自分以外の人が体験する世界は違うんでしょうけど…v-194
弘毅さんの感じる世界を覆っている気ってどんなんだろうと考えてみたけど、ちょっと想像つかなかったです。
五感を超えた感覚体験を持つことに、すごく興味がわいてしまうんですが、もしかするとそういう能力って、生きることがさらにハードになるということにつながるのかなv-236

| メリ | 2005/12/05 02:28 | URL | ≫ EDIT

全てが自己流なので
自分の感じている感覚が「気」なのか本当のところは分かりませんが、
これは五感を超える特別な感覚ではなく、
ヨガや気功や禅など
意識を集中する事で心身のバランスを整えようとするような技法に取り組む人なら、
誰でも普通に感じられる世界に対するイメージというか
世界の感じ方だと思います。

具体的にいうと私の場合は、
熱いような、冷たいような、でも、熱いのとも冷たいのとも違うような
独特の感覚が身体の中を流れるような感じです。

そのような感覚を得る事でどうなるかですが、
私の経験で言えば、
感覚や意識の目が詰まって、
世界や自分の存在に現実感が増すという感じです。

生きる事がさらにハードになるかといえば、
そもそも誰にとっても生きる事はハードな事で、
それは能力に関係なく、
真剣により良く生きようとするなら、なおさらという事でしょう。

| 弘毅 | 2005/12/06 01:11 | URL | ≫ EDIT















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