2005.12.04 Sun
身体に馴染む気
二〇〇五年 十月。
散歩していると、もやもやとした気を感じた。そのとき求めていた身体感覚にその気感が馴染まない気がして、どうしたものかと戸惑った。
数日前に思い出した、以前この感覚さえあれば全てが上手くいくと感じていた、身体の芯に力を込める感じってどんなだったかなど、ああでもない、こうでもないと考えた。
しかし、気というのは自分の身体の内部の感覚だけにこだわって周囲が見えなくなる事ではなくて、気はこの世界全体を覆っているのだから、むしろ気を感じる事で周囲の空間をよりはっきりと感じる事が出来るはずだ。その事を思い出し、身体の内部の感覚にこだわるのを止めて、周囲の空間に意識を張った。
空間の拡がりの中にいる自分を意識していると、身体感覚から分離してもやもやと漂っていた気はやがて肉体に織り込まれ、身体に馴染んできた。どんなに気感を拡大しても、のぼせた感じにならずに、逆に周囲の空間と自らの身体に現実感が増す感じだ。
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|この身体、この精神 | 19:56 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑



