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スムーズな日常生活

 二〇〇五年 十一月。


 少し前は、瞑想などして集中力さえ上げれば、どうにでもなると思っていた。しかし、もっと現実を具体的に分析して、具体的な対策を考えなければならないのではないかと考えた。

 強迫観念が問題なのではないかとか、自分の考えを形にするには知識なり技術なりが必要で、そのようなものを手に入れるには遠い未来ではなく、ある程度手近で具体的な計画を練る必要があるのではないか。

 だが、実際には強迫観念がどうとか、知識や技術がどうとかいう以前に、寝たり、起きたり、食べたり、排泄したり、という日常的な行為が面倒で、苦痛で、それがストレスで重荷になっている気がした。もっと徹底して物事をシンプルに考えて、まずは日常生活をスムーズに送れるようになる事を考えた方が好い。日常生活がスムーズに送れるようになれば、何かに腰を据えて取り組む余裕も出来るだろう。


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|この身体、この精神 | 18:11 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

鬱病について。
 弘毅さん、ブログにコメントありがとう御座いました。
 僕も軽い躁鬱病を持っていると診断されました。いろいろ考えていらっしゃるようなのでご存知かと思いますが、全く躁鬱病を持っていない人は存在しません。(そんな人がいたら、きっとつまらない人間だと思う) ただそこには大きな幅があって、日々の生活の中では気づかないくらいの人もいれば、生活に支障をきたすひともいるというだけのことで、それは人間の性質・特性の一つでしかないというだけだと思います。そんなことは僕がどうこう言えるわけではないですけどね。。。すみません。
 ここで精神病は肉体的なものに起因する病気以外の曖昧なものと捕らえてください。
 正直、以前の僕は「精神病」にかかる人は自分の考え方がしっかり出来ていない人、意思の弱い人、がんばることを知らない人という考え方を持っていました。体育会系の典型的な考え方ですね。頑張ってどうにかならないのは、自分が悪いんだ。本気で思っていました。身近な家族に「精神病」で入院している人がいるにもかかわらず、です。
 しかしある時、僕の姉がある種の精神病で倒れました。その時期は家族の間でいろいろとありました。「いろいろ」と書いてしまうと、たった4文字ですがいろいろあったんです。姉にも相当酷い事を言ったと思います。
 その時を境に、多くのことを考えました。僕自身、精神鑑定を受けたりしました。そういう本もたくさん読みました。
 そしてあることに気づきました。単純な事ですけど僕には大切な事です。
 「大変なひとは、大変なんだ」
 「苦しい人は苦しいのだ」
その苦しみは本人しか分からない。本人が苦しいと思っているのだとしたら、それは本人が苦しいという事実でしかなく、それ以外の何者でもないんだ。僕に出来る事は、その人が苦しんでいるという事実を事実のままに認める事しかできないと思います。愛をもって受け入れるとか、俺も苦しい事があったときは・・・と自分の過去と比べるとか、野口英世の人生はどうだったかとか、そんなことはどうでもいいんです。なんの足しにもなりません。
事実を事実として認めることしかできないし、そこからしか始まらないのです。
 姉はあれから二年弱ほどたち、実家の近くの職場へ少しずつ働きに行けるようになりました。僕と姉との関係も、あの時から少しずつ修復されていると思います。

 僕の文章は鬱陶しいですが、鬱陶しいまま眺めてください。そして気が向いたら削除してください。何かを伝えたかったわけではありません。こうして文章を書くことは僕自身のためのリハビリの一環でしかないのです。

| けむた。 | 2006/01/13 07:51 | URL | ≫ EDIT

コメントありがとうございます。

ネットを見ていると、うつ病を抱えていて、
それでも社会生活を送っている人がたくさんいますね。
私は早々と社会からドロップアウトしてしまいましたが。
生きているといろいろあるのに、さらに病気を抱えて生きていくのは大変でしょう。
それぞれが上手く生きていく方法を見つけられたら好いですね。

| 弘毅 | 2006/01/14 01:42 | URL | ≫ EDIT















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